海に入ること自体は、若い頃から好きでした。スキューバダイビングのライセンスを取ったのは1987年です。
沖縄へ移住してからも、スキューバには時々行っていました。スキンダイビングもしていましたが、私の海の中心がそちらへ変わったのは2016年。ある海のグループに入ったことがきっかけです。
いま振り返ると、私を変えたのは「新しい道具」だけではありません。一緒に海へ行く人ができたことと、日常の中に海の予定が入ったことが大きかったと思います。
1987年から続いていた、スキューバとの縁
スキューバのライセンスを取ったのは、まだ沖縄に住むずっと前でした。その後も海へ行く機会はあり、沖縄へ移ってからも時々スキューバを楽しんでいました。
ただ、海へ行くたびに必ずスキューバというわけではありません。息を止めて海をのぞくスキンダイビングにも時々出かけていました。
どちらかが優れている、という話ではないと思います。水中に長く滞在してじっくり眺めたい日もあれば、身軽な道具で海の時間を楽しみたい日もあります。私の場合、後者が少しずつ日常に近くなっていきました。
ただし、道具が少なければ簡単で安全、とは言えません。PADIのスキン・ダイバーコース案内も、基本的なスキルを学ぶためのコースを紹介しています。初めての人がこの記事だけを読んで海へ入ることは勧めません。
2016年、海の仲間と出会って変わったこと
2016年にグループへ入ってから、スキンダイビングへ行く機会が増えました。
仲間と予定を合わせると、海に行く日が生活の中で形になっていきます。一緒に見た景色の話ができることも、楽しみの一つになりました。
そのころからスキンダイビングが、私の海の中心になりました。スキューバ用の器材は古くなったこともあり、やがて一式を手放しました。スキューバを嫌いになったわけではなく、私の普段の海の時間が変わったのです。

グループがなくなっても、海でつながった仲間は残った
当時のグループは、今はもうありません。それでも海で知り合った気の合う仲間と、予定を合わせて行っています。
決まった団体に所属していないからこそ、行く日や場所はその都度相談します。私は今、沖縄本島で潜ることが中心です。季節を問わず海へ行きますが、頻度は週に1〜3回ほど。最近は少し減ってきました。
仲間がいると楽しい一方で、誰かに合わせて無理をすることは避けたいと思っています。前日には天候と海況を確かめ、同行者の経験も考えて、場所を決めます。以前のように、一人で知らないポイントへ入ることもありません。
その判断や、フロートと赤いラッシュガードを使う理由は、60代の海で大切にしている安全装備と判断に詳しく書きました。ここでは、仲間と海へ行くようになったことが、海を長く楽しみたい気持ちにつながったと伝えたいです。
撮った映像を、あとで一緒に見る楽しみも増えた
私は海へ行くと、動画をよく撮ります。
水中では「あの場面を撮れたかな」と思い、戻ってから映像を見ます。仲間に渡したい場面を探す時間も、私にとっては海の一部です。
撮影に使っているのはGoPro HERO10とINONの水中ワイドレンズ。選んだ理由や、次の一台をまだ迷っていることは私の水中撮影機材の話に書いています。撮った後の共有がきっかけでスマートフォンを替えた話も、AndroidからiPhoneへ替えた記事にまとめました。
私にとって撮影機材は、きれいな映像を残すためだけのものではありません。同じ海を見た人と、後からもう一度その時間を楽しむための道具です。

60代になって、海で欲しいものも変わった
50代の頃は、知らないポイントを探すことにも夢中でした。今思えば無理をしたことがあり、けがもしました。
60代の今は「どこまで潜れたか」より、「また次も海へ行けるか」を考えます。仲間と予定を相談し、その日の条件に合う場所を選び、帰ってから写真や動画を見る。以前より静かな楽しみ方かもしれません。
スキューバからスキンダイビングへ中心が変わり、グループという形も変わりました。それでも、海との縁は続いています。
定年後に何か新しいことを始めたいと思う人にも、最初から大きな目標はいらないのかもしれません。好きなものがあるなら、それを一緒に楽しめる人と、無理のない頻度で続ける。私にとって海は、そんな時間を教えてくれる場所です。
海以外の新しい挑戦については、定年後に「まだ挑戦する」と決めた理由にも書いています。
